全身麻酔医療脱毛で炎上しているのは何が問題か

全身麻酔で医療脱毛を行うクリニックがXで炎上しているようですので、今回はその話題を現役麻酔科専門医の視点から扱おうと思います。

医療脱毛を全身麻酔で行うことを推奨する内容となっていますが、色々な側面から炎上中のようです。

①そもそも医療脱毛に全身麻酔が必要ないのではという意見
②炎上した動画では心電図モニターやEtCO2モニターがないことが問題だという意見
③そもそも全身麻酔ではないのではという意見

それに関して、今回、私の見解は以下のようになります。

今回の要約

①脱毛に全身麻酔は過剰であるというのが一般的な意見で、リスクを許容できない可能性がある。
②全身麻酔時のモニタリングとして不十分な可能性がある。
③深鎮静→全身麻酔の線引きは難しいので、捉えようによっては深鎮静で行っているとも言える。

それぞれ詳しくみていきます。

①に関してですが、脱毛の方法は表にまとめたようにいくつかあるのですが、医療脱毛は、高出力の医療用レーザーを使った脱毛で、熱で毛根を破壊するものです。永続的な脱毛が可能ですが、光脱毛などと比べると施術時の痛みが強いです。

炎上したクリニックでは、そんな痛みの強い医療脱毛に際し、「麻酔科専門医による全身麻酔を行い、痛みを感じることなく施術する」ことを謳って他のクリニックと差別化して集客しているようです。麻酔の内容としては、プロポフォールを用いて鎮静していることがわかります。
ただ、医療脱毛に対しては、そもそも無麻酔でも可能、もしくは、局所麻酔入りのクリームを事前に塗ったり、場合によっては笑気麻酔で少しうとうとしている状態でも行えるものなので、全身麻酔は過剰なのでは、という意見があります。
今回、自由診療で行っており、クリニック側と患者側で双方が納得していて、全身麻酔を選択する、という契約自体には問題はないとは思います。ただし、いくら患者側が同意しているからといっても、全身麻酔が本来必要のない処置に一定のリスクを負って全身麻酔を行う、というのは医療倫理的に受け入れられないという意見がある、ということだと思います。自由診療の現場では、医療は商業的なサービスと混合され、安全や倫理が置き去りになっていることが散見され、だれがどうやって行き過ぎた医療行為の提供を規制するのか、依然解決されていない難しい問題です。

続いて、②に関して、ですが、確かに、動画では、モニター音は聴こえるものの、胸部に心電図センサーが貼られていなかったり、EtCO2のモニタリングはないので、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)のモニタリングだけで全身麻酔をしている可能性があると思いますが、これはいくら既往症のない若い方への短時間で終わる施術だとしても危ないと思います。
日本麻酔科学会の「安全な麻酔のためのモニター指針」(2019年3月改訂)によると

全身麻酔の際は、そもそも

・麻酔を担当する医師が絶え間なく監視する
・パルスオキシメータ、カプノメータ、心電図、血圧計を装着する

ことが推奨されており、モニタリングが不十分な可能性があると思います。

また、③そもそも全身麻酔ではないのでは、という意見もありました。
これは、グレーなところで、日本麻酔科学会の「安全な鎮静のためのプラクティカルガイド」(2022年6月改訂)によると、図のように鎮静なのか全身麻酔なのか、というのは明確に線引きできず、連続性のあるものなので、覚醒状態から鎮静が始まり、鎮静の深度が深くなり、刺激しても未覚醒の状態になれば、その状態は、全身麻酔と呼ぶということになります。

保険診療だとして診療報酬算定の観点だと、全身麻酔は、「意識が完全に消失し、人工呼吸管理が必要」という状態なので、「気管挿管や声門上器具により気道確保がされて、術中は人工呼吸されている」ということが多いのですが、必ずしも気道確保が必要というわけではなく、例えば「プロポフォールなどで静脈麻酔をしていて、自発呼吸を温存させているが、意識は完全に消失していて、かつ、閉鎖式麻酔回路につながれたマスクが顔に密着していて換気補助をしている」状態でも算定されることがあり、判別が難しい場面はあります。
ですので、もし保険診療で同じ内容の鎮静を行ったとしたら全身麻酔の算定はつかない可能性がありますが、今回は自由診療の場面なので、全身麻酔だとも、深鎮静だとも捉えることもできると思います。

いずれにしても、今回のポストでは、法的には問題がないとしても、医療脱毛のような侵襲の大きくない処置に対して必要性の低い全身麻酔を行うのは、一般的な医療行為と異なるリスクの高い医療行為であり、実際に麻酔のモニタリングも不十分と思われるので、倫理面と安全面の両方に問題があると批判されているのだと思われます。

現状、自由診療の現場でハイリスクな医療を提供することに対して、明確な基準やルールはないのですが、あくまでこれは氷山の一角で、医療への様々なニーズが高まる中、たとえ自由診療で双方の同意があったとしても提供される医療の中身に適切な監査体制や指針作りを行うことで、安全な鎮静を行える環境を作ることは今後より重要性を増していくと考えられます

FJアネスコンサルティングでは、安全な鎮静のために講習会やコンサルティングを行っています。ご質問、ご意見などはお問い合わせからいただければ幸いです。